春を殺して夢は光っている

ただの地方住み学生ジャニーズファン

関西で妥協した女

私はこの春地元関西の大学に進学する。

多分これを3年前の私が見たらきっと信じられないだろう。

当時の私は絶対に東京に行くと決めていたからだ。

 

中学1年生の時、私はHey!Say!JUMPのファンになった。当時のJUMPは言い方は悪いかもしれないけど東京ご当地アイドルみたいな感じで何もかも東京だった。数少ないレギュラー番組であったスクール革命は関西では放送してなく、唯一のラジオのうるぱわは関西はKBS京都放送で兵庫県にあるわが家ではノイズばかりで聞くだけでも一苦労だった。

 

その後ジャニーズJr.の阿部顕嵐くんのファンになった。私の応援してたころの顕嵐くんはプレゾンをやってた時代で関西には全く来なく、プレゾンという舞台には縁がなかった。しかもその後顕嵐くんが初めて出演したドラマ「49」は関西では放送がなく(結局約1年半後に放送された)東京ばかりだった。そんな顕嵐くんもSexy Zoneのバックとして大阪に来てくれた。初めて顕嵐団扇をもってスタンドから応援した。その時はあの阿部顕嵐くんが目の前にいることが嬉しくて仕方なかった。その後ドラマ出演が続き、関西にはその後約1年半来なかった。今考えれば関西は恵まれてる方で当時のJr.の活動の中心であった「ガムシャラ」や土曜深夜ドラマは見れていた。でももっと顕嵐くんの応援がしたい。だから東京に行きたいと思ってた。

 

そんな私も高校生になった。私の学校は中高一貫校で高校に入るとすぐに志望校を書く模試があった。私は7個あった志望校欄の内、6個関東の大学を書いた。心から東京に行きたいと思っていた。

 

そんな私に転機が訪れた。

高校1年生の夏、関西ジャニーズJr.の小島健くんに担降りした。

 

担降りすることで私が東京に行く意味が見いだせなくなった。

人によったら、実家から出たいとか都会に出たいとか上京したい理由はいろいろあると思う。

でも私が上京したい理由はもっとオタクがしたいの1点だけだった。

 

実家は有難いことに居心地がよくて、場所も兵庫県の中でも大阪の中心にすごく近いところだった。

 

そこから関西で進学することを決めた。

関ジュ担をやってる上では関西に住んでることは利点しかなかった。交通費は往復1000円以内で松竹座行けるし、関ジュのみんなが話してるネタに共感はできるし楽しさしかなかった。

関ジュを応援してるとあんなに東京に憧れていた私が関西のことをどんどん好きになっていった。

昔は憎らしかった関西ローカルの番組も大好きになった。(未だにすまたんとは和解できないけど)

 

そして関西の若手芸人にハマった。私の応援してる芸人は関西の劇場中心でテレビには出始めてるがまだまだ関西の番組中心だ。

 

 

そこで私はふと思った。私は妥協しているだけではないかと。近くにあるもので満足しようとしてるだけではないか。

答えはわからない。

 

でも私は今日も関ジュに思いを馳せながら、若手芸人の番組を見て、阪神タイガースの優勝を願う、関西の女なんだ。